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  <title type="text">みんみんぶろぐ　「クオリア日記」</title>
  <subtitle type="html">クオリアのクオリアによるクオリアのための日記
クオリアとは？（英：複数形 Qualia、単数形 Quale クワーレ）とは、心的生活のうち、内観によって知られうる意識の現象的側面（現象的意識）のこと、またはそれを構成する個々の質感のこと。感覚質（かんかくしつ）とも訳される。ウィキペディアより抜粋 </subtitle>
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  <updated>2009-02-26T10:22:44+09:00</updated>
  <author><name>みんみん</name></author>
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    <published>2009-02-28T17:43:33+09:00</published> 
    <updated>2009-02-28T17:43:33+09:00</updated> 
    <category term="クオリア思考資料" label="クオリア思考資料" />
    <title>クオリア的雑記</title>
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      <![CDATA[水幡正蔵「進化論革命による人類社会維新！」より<br />
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（３）養老理論によるクオリアマッチングの修正<br />
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　ところがここで茂木「クオリア論」に対して、発展的解釈が求められる。何しろ茂木氏のいう「志向的クオリア」とは「言語的社会的文脈の下におかれた質感」なのである。これでは言語を持たない他の動物の脳では知覚現象が起きないことになる。これでは科学の説明にはならない。<br />
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　それでは「感覚的クオリア」は何とマッチングして知覚現象が起こるか。これについては養老「二つの情報世界論」をさらに発展解釈すれば明解だろう。つまり、すでに解明されている種ゲノム情報系から対照して捉えれば明確になるはずである。<br />
　そもそも種ゲノム情報系において翻訳物であるタンパク質とタンパク質がマッチングするなどということはない。遺伝プログラムによる翻訳が始まるには、遺伝プログラムのプロモーター部分に、転写因子の結合（マッチング）が必要である。<br />
<br />
　したがって転写因子にあたるものが感覚的クオリアとすれば、それがマッチングして解発するプログラムとは何か。遺伝プログラムが“遺伝記憶”なら脳プログラムとは“脳記憶”そのものである。その記憶の解発から感覚的クオリアとは別次元のクオリアが翻訳されると捉えれば分かり易い。それが“価値指標クオリア”（快・不快/判断系クオリア）ということになる。<br />
　そして“価値指標クオリア”を入力して行動解を演算する仕組みを「生物学的我」として定義している。この「生物学的我」をめぐる討論はクオリアＭＬですでに激しく行っているので、本文末の“リンク集”を参考にしていただきたい。<br />
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　このようにして茂木「クオリア論」を、養老「二つの情報世界論」と照らし合わせながら発展的に解釈していくとどうなるか。すると感覚系ニューロン活動による翻訳で「感覚系クオリア」が生じる。判断系ニューロン活動による翻訳で「判断系クオリア」（価値指標クオリア）が生じる。運動系ニューロン活動による翻訳で「運動系クオリア」が生じるとなる。<br />
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            <name>みんみん</name>
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    <published>2009-02-28T17:39:29+09:00</published> 
    <updated>2009-02-28T17:39:29+09:00</updated> 
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    <title>クオリア的雑記</title>
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      <![CDATA[水幡正蔵「進化論革命による人類社会維新！」より<br />
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（２）養老理論と茂木理論の見事な結合<br />
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　とこがここで大きな問題が生じる。それは遺伝プログラムは各種アミノ酸をつなぎ合わせてタンパク質に翻訳している。それでは脳プログラムはいったい何を何に翻訳しているのかとなる。まず入力するものは個体外の環境信号と個体内の環境信号だろう。これを感覚系ニューロン網上にある脳プログラムで何かに翻訳している。しかもその翻訳はその後も何段階かでなされ、最終的には運動出力信号に翻訳される。ところがその翻訳される何かをどう呼べばよいかが分からない。<br />
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　ここで登場するのが茂木「クオリア論」である。茂木氏によると＜末端から中枢に向かうニューロン活動に対応して「感覚的クオリア」が引き起こされる＞とある。これが「志向的クオリア」とマッチングを起こして「あっ、これは薔薇だ」というような知覚現象となる。このような説明を茂木氏はしている。<br />
　つまり、脳プログラムは内外から入力した信号をまずは「感覚的クオリア」に翻訳しているということだ。つまり脳プログラムの翻訳で生じるものは「クオリア」である！ということだ。こうして養老理論と茂木理論が見事に接合して、「種脳情報系」のシステム用語が整ったのである。これで少なくとも用語的には、種ゲノム情報系と種脳情報系の基本的な用語の対照が可能となった。<br />
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            <name>みんみん</name>
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    <published>2009-02-28T17:37:18+09:00</published> 
    <updated>2009-02-28T17:37:18+09:00</updated> 
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    <title>クオリア的雑記</title>
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      <![CDATA[水幡正蔵「進化論革命による人類社会維新！」より<br />
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（１）養老「二つの情報世界論」に対する発展的解釈<br />
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　養老孟司氏は『人間科学』で「二つの情報世界論」を展開した。それによると遺伝情報系と脳情報系を「生きたシステム内の情報機能」として捉える。つまり遺伝情報系と脳情報系は明確に対置できる物質的機構であると位置づける。ここで遺伝情報系については、遺伝子＝遺伝プログラムによる情報の翻訳・複製システムとして科学的説明がなされている。<br />
　そうであるならば脳情報系も、その情報の翻訳・複製システムを表すことで、「意識」を生み出す機構を科学的に説明できるのではないか。それによって「意識」は哲学の問いではなく、科学の問いになるに違いない。養老氏はこのように捉えた。<br />
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　養老氏はさらに「二つの情報系」の対照関係も表した。それによると「遺伝情報系/細胞：遺伝子」に「脳情報系/脳：言葉」が対照できるという。新今西説からすると、ここに養老「二つの情報世界論」の発展的解読が必要になる。<br />
　つまり、遺伝子に対して言葉を対応させてしまったら、人脳限定の理論になってしまうということである。遺伝子が個体発生を制御するプログラムであるなら、脳にあるプログラムとは個体の行動を制御するプログラムであるはずだ。こういう行動制御プログラムということなら、脳ある動物すべてが持っているはずだ。そこでそのような脳内の行動制御プログラムを脳プログラムと呼び、遺伝プログラム（遺伝子）と対比させればよいと発展的に解読した。<br />
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　こうなると生きたシステムとして細胞に対照されるものが脳というのもおかしいことが分かる。なにしろ遺伝プログラム総体の所在は細胞核だ。脳は脳プログラム総体の所在だから、細胞ではなく細胞核に対照されるはずだ。となる生きたシステムとしての細胞は何に対照されるかだが、これは脳を機能させる個体ということになる。<br />
　このような発展的解読を繰り返していくと「二つの情報系」の対照関係は明確になる。つまり、「遺伝情報系/細胞：細胞核：遺伝プログラム」に対して「脳情報系/個体：脳：脳プログラム」である。これをさらに発展的に解読すると遺伝情報系も脳情報系も共に種単位の情報系であることが分かる。それで遺伝情報系は「種ゲノム情報系」に、脳情報系は「種脳情報系」にそれぞれ言い換えた。<br />
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